本文へスキップします
加賀象嵌の作り方

加賀象嵌の表面処理と煮色着色

作業工程の金属表面の磨きに続きである、象嵌のみならず金工全般においても広く行われる表面処理、煮色着色(煮込み・煮上げなどともいう)についてお話します。

煮色着色の秘密

煮込み・煮上げ作業には、水に緑青と硫酸銅を加えた液を、銅鍋で煮立てて使用します。磨き上げた作品を温めたその液中につけ込んでいると、徐々に金属表面がそれぞれの金属によって発色、表面上に薄い酸化皮膜がついていきます。銅は茶褐色に、銅と金の合金である赤銅は紫がかった黒、銅と銀の合金である四分一はグレーに色付きます。鉄は錆びるとボロボロになっていきますが、銅や銅合金のものは、ある程度錆びていれば、それ以上深く錆びていかない性質があります。錆を生じさせる事で、美的効果と防錆の効果もあるわけです。しかし、この着色はとても繊細なもので、たとえ 同じ金属でも、液の配合、濃度、温度、時間、磨き(脱脂)の度合いによって結果は微妙に違ってきます。

昔は金属の精錬技術が発達していなかったので、その際より多くの不純物が残ってしまったために、金属作品の表面の色に影響を及ぼしたと言われています。皮肉な事にその結果として、現代の材料では当時と同じような色が出せなくなっています。

それでは、実際に着色の作業手順を、色が剥げてしまっていた「銀製菊文手あぶり」(二代山川孝次作/宗桂会館所蔵)を再着色した時の写真をもとに、ご説明したいと思います。

作業工程

  • 01
    作業工程1

    補修前は、胴部の下の方が、色が剥げて地色がでてきています。

  • 02
    作業工程2

    漆で使う胴擦り刷毛を用い、金属の表面を縦横斜め何方向からも擦って磨き上げることで脱脂します。その際、以前は朴の木の炭を砥石(あるいはサンドペーパーで)で擦り降ろしたものに水を加え刷毛につけて使っていましたが、その手間と炭の入手を考えて現在では、少量の水に炭化ケイ素(カーボランダム)を混ぜたものを使っています。

  • 03
    作業工程3

    彫金された凸凹面やその縁などは、刷毛が入りにくいので、歯ブラシや割り箸を削ったりして磨きます。
    その後布で強く拭き上げていきます。

  • 04
    作業工程4

    作品をきれいな水で洗った後、かるく表面を撫でるように大根おろしをつけます。科学的理由は分かりませんが、なぜかこうすることによって、色のカブリ(金属がくすみを帯びてくること)をある程度防ぐことが出来ます。

  • 05
    作業工程5

    銅鍋の液中に、作品を素早くつけ込みます。液はつねに柄杓で撹拌します。そうしないと、緑青は鍋の下の方や作品の凹んだ部分に溜まってしまいます。

  • 06
    作業工程6

    作品はずっと液につけっぱなしにするのではなく、色の塩梅を見るために、色付き始めた頃合いを見計らい、10分程で一度鍋から出し、表面が乾ききらない様に冷水につけチェックします。それからも、何度か自分の思う色合いになるまで04~06を繰り返します。

  • 07
    作業工程7

    色が好みのものになったら、素早くきれいな柔らかいタオルで水分をとり、さらにガス等の熱を利用して温めて、取りきれない水分を除きます。そうしないと、残った水分から部分的にシミのように跡がつくことになります。

    最後に、色留めを施します。銀の指輪等で経験的にお判りだと思いますが、銀は暫くすると黒く変色し(表面に硫化皮膜が付いてくる)、素地の部分も油分がある手で触ったりすると、指紋が取れなくなってしまうので、金属表面を空気と触れないように処理するわけです。昔は、蜜蝋を溶かし全体にムラなく塗り、柔らかい布で拭き上げていましたが、長持ちしないので、現在では、合成樹脂系の透明の塗料で、コンプレッサー或は缶スプレーを用い皮膜を付けています。

出来上がった作品を御覧になった時に、象嵌技法の話を思い出し、より興味をもっていただければ幸いです。

仕上がり図
銀製菊文手あぶり(二代山川孝次作 / 宗桂会館所蔵)