加賀象嵌技法入門 象嵌技法をわかりやすく解説

第1回 材料の話 第2回 作業工程の話 第3回 表面処理と煮色着色の話


第2回  作業工程の話

社団法人日本工芸会正会員 村上 浩堂


さて次ぎは、象嵌作品が実際にどのようにして作られていくのか、鋳物の原型作りから、表面研磨まで、作業工程を追いながらご説明してみたいと思います。
(※あくまで私の基本的な作業工程の場合ですので、各々の作家で若干の作業手順、使う金属の厚み等は違いもあろうかと思います。)


全体の流れ

1 まず象嵌を施すための器の大きさや形を紙の上で考えます。
 
2 油ねんどを使い実際に立体化した後、そのまま乾燥したとしても柔らかすぎるので、石膏に移しとります。なお、石膏の上のひと回り小さい水色部分と本体との差が、将来鋳物の金属の厚みになります。(実際は、表面を少し削りますので、さらに薄くなります。)また、石膏ほど厳密な角の線はでませんが、発泡ウレタン材を熱ニクロム線で切って原型を作る方法もあります。あるいは、形が回転体の場合は、金属ゲージ に当てがった鉄棒に荒縄等を巻いたものを回転させながら、そこに直接石膏を掛けていく方法もあります。
 
3 この石膏原型を、鋳造の盛んな高岡の美術鋳物屋さんに、金属に置き換えてもらうわけです。この後、鑢(ヤスリ)や砥石を使って出来上がった鋳物の高さを削り揃えたり、口の中、稜線の角等を整えます。

4 ボディーに加飾する模様を考えます。1の段階で、だいたいのことは思い描いておいたほうが、より調和のとれた作品になります。  「連甍」
 
5 象嵌、着色作業を経て、作品完成です



象嵌作業の細かな工程

1 まず、鋳物の表面に、ケガキ棒で引っ掻くようにデザインを書き入れます。利き目の関係で、この細い線の右側か左側か彫り易い方に沿って作業を進めていくのですが、例えば、等間隔の平行線など、鋳物の向きを変えているうちに、つじつまが合わなくなったりしますので、注意を要します。 2 鋳物の中に、松ヤニを溶かして充填しておきます。なぜならば、空洞のままだとうるさく、万一部分的に鋳物の厚みが薄い場合、鏨(タガネ)を使って叩いたりすると凹んでいってしまいます。また、金や銀の柔らかい金属は別として、四分一(銅と銀の合金)や赤銅(銅と金の合金)等堅い金属は松ヤニが鋳物の内側の面とぴったり密着していないと、うまく嵌ってくれません。特に冬場などは、ボディーを軽く暖めてから作業する必要があります。夏と冬とでは、夏場は暑いので松ヤニが融けやすく、ねんどみたいになってしまいますので堅めに、冬場は逆に少し軟らかめにという具合に、松ヤニの堅さを調節することもあります。

3 後に紋金(モンガネ─金属の板や線など嵌め込む材料を言う)を嵌め込む部分の縁取りを、線彫り鏨で軽く下彫りをします。一度にやってしまって、深く彫り過ぎてもいけないので徐々に彫り下げるようにします。広い面の場合は、深さがなるべく均一になるのがわかるよう、縁だけではなく格子状に同じ調子で彫っておきます。
 
4 先に下彫りをした縁の深さに合わせ、平たい鏨で面を少しずつはつり取ります(時々、実際使う厚みの金属片をあてがって、深さをチェックしたほうが正確になります。)
鏨だけでは彫られた表面が凸凹なので、キサゲや鑢を使って平にしておきます。ちなみに、デザイン上象嵌が重ね合わさるところなので、だいたい0.7ミリ彫って、0.8ミリぐらいの赤銅(銅と金の合金)の板を先に嵌めることになります。
 
5 ここまでの彫り下げた断面の状態は、ほぼ長方形です。その底辺の縁の角に、アリ鏨を当てて、すそを少し広げるようにします。これで、完全な台形状ではありませんが、彫られた底面よりも鋳物の表面の方が逆に狭くなりました。これを、アリ溝立てと言います。
 
6 別に用意した赤銅の板を、丁度パズルのピースように先程の面にぴったり収まるよう、糸鋸や鑢を使って成形します。この時、ほんの僅かにですが紋金を台形状にしておくと、底面角への収まりが良くなります。
 
7 紋金をバーナーでなまします。金属は、叩いたり鑢をかけたりいしているうちに硬化していきますが、ある程度の熱をかけると、柔らかく戻ります。金属には延展性があり、柔らかいほうがより延びるので、当然アリ溝への食い付きも良い訳です。
 
8 打ち込み鏨で紋金を潰すように打っていきます。炭素鋼で作られた鏨のほうが紋金より堅いので、紋金のほうが伸びてアリ溝に引っ掛かるように抜け落ちなくなるわけです。
 
9 紋金は打ちのばされて厚みが縮まるわけですが、数字上0.1ミリ余分な厚みで作ってあるので、鏨で打った後も少し鋳物素地面よりも盛り上がった感じになります。その赤銅の部分に鑢をかけて、素地と平滑にします。この象嵌を、平象嵌と言います。

10 鑢をかけると、ケガいた線も消えますので、再び消えた部分をケガきます。
 
11 同様の手順で、今度は紋金の銀の板を象嵌します。だいたい0.4ミリぐらい彫って、0.5ミリぐらいの板を嵌め込みます。先の赤銅より厚みが少ないのは、デザイン上赤銅と銀は一部分で重ね合っていますので、おなじ深さを彫ると、先にせっかく象嵌した赤銅が外れることになるからです。こちらの象嵌は、重ね象嵌と呼ばれています。(加賀地方では、鎧象嵌とも)
 
12 次に、四分一(銅と銀の合金)の線(0.7ミリ、0.4ミリの2種類)と金線(四分一と同サイズ)を嵌めます。線の象嵌は、彫った幅の間隔が狭いので、鏨の進行によって生ずる素地表面の反り返り部分を潰すようにすれば、アリ溝を立てなくても、金や銀の柔らかい金属は引っ掛かってくれます。しかし、四分一や赤銅などの合金は硬く金のように延びないので、アリを立てないと、金属が外れてしまいます。
 
13 象嵌を施したところ全体に鑢をかけ、素地と面一にします。鑢は、荒目や中目から初め細目・油目と、目を細かくしていきます。
 
14 砥石(天然は、名倉砥。人工的なものは、いろいろな番手・形が揃っています)や炭(朴炭、桐炭)で、水研ぎをして表面の細かなキズを取っていきます。耐水ぺーパー(〜1500番ぐらいまで)は、入手もし易いし作業も早いのですが、平面的に削れてしまい、非常に細かな筋も残ってしまいます。砥石や炭は、自身が曲面に沿って削れてくれます。私は、人工砥石、耐水ペーパー、桐炭の順で、組み合わせて使っています。
象嵌朧銀花器「汀渚」


第3回 表面処理と煮色着色の話