中川衛「世界の象嵌と加賀象嵌」

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平成9年に中川 衛氏が象嵌について講演された際の内容をまとめ、シリーズでお届けします。

第5回(最終回)
象嵌技法 〜技を支えていた先人の知恵〜
中川 衛氏 金沢美術工芸大学教授
重要無形文化財保持者

下絵付け

  象嵌をする前に、まずベースのものを鍛金とか鋳金で作ります。それに下絵を付けていきます。今ではカーボン紙があるので下絵を付けるのは簡単ですが、昔はカーボン紙がありませんから、和紙に絵を描き、その上に鬢付け油といって髷を結うときに使ったもので止め、針鏨という細い鏨で和紙の上をチクチクと穴を開けて下絵を付けていきます。

  工芸作品には下絵は残ってはいけませんので、焼きものの場合は、灰で下絵を描くわけです。炉に入れて燃やすと灰の部分はとんでしまいますから、すごくいいわけです。昔は、かいろ灰を水で溶いて割り付けをしました。

  友禅の場合はといいますと、ムラサキツユクサを和紙に浸しておいて、水に溶かしながら下絵を描いていきます。ムラサキツユクサの青色は水で洗うと取れるのです。漆器では、例えば棗の場合、棗の形の和紙に模様を描き、その輪郭に漆を付け棗の上にかぶせ、なぞると漆が残って、胡粉(ごふん)をまくと輪郭がでます。

  という具合に、カーボン紙がなく割り付けをするのが大変だった。火には燃えるもの、水には流れるもの、金属には削ればなくなるもので割り付けていたわけです。

  割り付けの後は、金属は鏨で削りながら、漆の場合は刷毛、筆で描きます。漆は粘っこいので、ネズミの背中の部分の硬い毛の筆を使います。船の中のネズミは米しか食べず、また木の船の穴を通り背中の毛が削られて筆に良いということで、船のネズミの毛の筆は5〜6本で何万円としました。現在は、琵琶湖に住んでいるネズミが良いそうです。アシの間を通るので背中がきれいで良いのだそうです。


彫り

  割付けされた線にそって線彫りを行います。面で彫る時は、線彫りと線彫りの間を太い刀の鏨で彫りくずしていきます。彫りの深さは面の大きさによって違いますが、0.6mm〜1mmくらいです。彫られた底面も平滑になるようにキサゲをかけ、凹凸がなく一定の深さにします。


アリ立てと嵌め込み

  「アリ立て」といって彫られた側面にアリ鏨を打ち、表面側より底面が広がるようにして、他の金属を後に打ち込んでもとれなくします。この彫られた形にあわせて嵌める金属(紋金)を形造っていきます。正確な形状に作る必要があり、彫られた形より小さすぎると、紋金と彫られたところの間に隙間ができる。また反対に大きすぎると打ち込んでも入りません。出入りの多い形状だと、一つの紋金を作るのに多くの時間を費やしてしまいます。加賀象嵌の中には鎧象嵌という技法がありますが、これは彫って嵌め込まれた上を、また彫って嵌め込んでいきます。前に嵌め込んだ部分を破らなく、彫っては数回重ねて紋金を嵌め込んでいきます。コテ、銅、エリと鎧を装着していく様から鎧象嵌と言われ、加賀象嵌の一つです。


磨き

  紋金を打ち込み鏨で抑えながらたたき、彫った中へ伸ばし紋金を固定させます。できたところの上にヤスリをかけます。昔はヤスリも売っていなかったので自分で作りました。また、昔はヤスリで出た粉は全部集めていました。畳の上にはヤスリをかけて出た粉が落ちますから、畳の上敷を集めて燃やし、水に入れれば粉に含まれていた金が沈んで回収できます。畳の下の縁の下の土を回収する人や、彫金屋のどぶの土を集めていく人もいました。今は学生を見ていると、銀などは安いから削った粉はごみ箱に捨てていますが、昔はそういうふうにしていました。

  ヤスリがけをした後は、キサゲといって刀のようなもので磨きます。その後は炭で研ぐ炭研ぎです。今では耐水ペーパーがあって楽に研磨されます。そして鏡面にできます。しかしペーパーの粒子は一つ一つが鋭角で鏡面の中にペーパーの筋が残ります。炭の粒子は丸いので、耐水ペーパーより炭で研ぐほうがきれいにできます。私は今でも炭を使っています。砥石も使います。耐水ペーパーは最初はきれいですが二回、三回と使えばだんだん悪くなる。炭や砥石は何回使っても表面が削り取られていくので、いつもきれいな面が当たっていくのです。炭はキリの炭や朴の木の炭、ツバキ炭と目の細いものを使います。漆の場合もそうです。

  木工の場合は、耐水ペーパーで削りますと目の中に耐水ペーパーの石がはさまってしまい、カンナをかけると刃が全部やられてしまいます。それで、トクサ(水辺に生える短い草)を切って木に張って磨きます。そうすると刃物を痛めません。さらに良いものに稲の苗があります。稲になる前の小さな苗を乾燥させてそれで磨く。

  象嵌にもどりますが、このように炭で磨いたあと、砥石で炭を粉にして表面を磨き、鏡面仕上げをします。鏡面仕上げの後は、緑青の中で煮ます。ただ煮るだけでなく、昔から大根おろしで洗うのです。今では大根おろしに代わるものに重曹があります。重曹で磨くときれいになるのですが、なぜかキラキラ光ってしまうのです。また、色の付きもむらになるのです。大根おろしだとキラキラ光らず、むらなく仕上がります。大根おろしに何が入っているのかわかりませんが、昔の人はよくそういうものを見つけたものだと思います。


着色

  それから次に着色ですが、緑青と硫酸銅の液の中にその磨いたものを入れると黒くあがってきます。赤銅などはそれだけでよいのですが、銅板などをあげるときは、昔の本を見ますと、その液の中に「梅干しを入れる」となっているのです。梅干しの種だけではなく皮を少し破って入れると、赤い良い色を発色してくるのです。これもまたよくそんなものを見つけたなあと思います。現在、それに代わるものはありません。梅干しは酢酸なので、たくさん入れると緑青の色が速く老化します。銅板は長い時間をかけて色を付けますが、梅干しは袋になっており、少しずつ出てきますので、緑青の色が老化せず赤い色が出てくるのです。


技を支えていた昔の知恵


蜻蛉文象嵌花器(中川 衛)
  話は変わりますが、鋳物で音の出るものは砂張(さはり)といって、ドラなどがそうです。銅に錫を2割だったでしょうか、それで硬い金属を作りドーンとたたくと良い音が出ます。その際、「鋳物の中に鯖の頭を何キロ、焼いたときに入れよ」となっているのです。生の鯖では爆発するので乾燥したものを入れます。鯖の頭に何が入っているかというとリン酸カルシウムで、その中のリンが金属を硬くするのです。薬品の手に入らない昔の人は、計ることのできない微量のリンを「鯖の頭何グラムにどれだけ入れよ」とし、そのことで音をよくしたのです。そんなことも知っていたのです。

  焼きものでもおもしろいのがあります。上絵を描くとき、ガラスの板の上で絵の具の微粒子を細かくするための作業をします。そうすると絵の具に泡がたってきます。今だったらハッカを少し入れると泡がさっと消え、良い上絵の具ができますが、ハッカが手に入らない時は、職人さんたちが耳の垢を入れて泡を消していたのです。

  漆の場合、今はチタン鉱で磨くのですが、昔は鹿の角で磨くと呂色といってツルツルになりました。油を少し入れたら良いということで、鼻に微量の脂がついているそれを使っています。

  昔の人は、その辺で簡単に手に入るものをうまく利用しており、またそれが今の進んだ技術より良いものがあります。そういうものを私たちは今も利用しています。昔の方が理に適ったものがたくさんあります。

以上、象嵌の歴史にはじまり、金工全体の話、象嵌の種類や加賀象嵌の歴史的な背景、また象嵌が道具づくりに始まること、そして象嵌技法などについて紹介した「世界の象嵌と加賀象嵌」を終了いたします。