中川衛「世界の象嵌と加賀象嵌」

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平成9年に中川 衛氏が象嵌について講演された際の内容をまとめ、シリーズでお届けします。

第3回
象嵌の歴史や合金材料について
中川 衛氏 金沢美術工芸大学教授
重要無形文化財保持者

紀元前3000年に人は鉄を知っていた

  昔、社会科で習った歴史に旧石器時代、新石器時代、青銅器時代、鉄器時代とあります。その中で、青銅器時代というのは、青銅器で武器を作ったのでそう言うのですが、紀元前3000年頃の人々は、錫と銅を混ぜることを知っていたのです。

  そして紀元前1500年頃には鉄ができてきたと言われていますが、私がここ5年ほど、トルコで行っている調査から考えてみますと、鉄ができてきたと言われる年代もだんだん変わってきているのではないかと思われます。アナトリア文明博物館には、今から5000年前の紀元前3000年頃の雄鹿像と雄牛像に、象嵌をしたものがあります。象嵌には道具である鏨(たがね)が必要で、まず、その鏨を作るための鉄がいります。紀元前3000年頃という青銅器時代にどのようにして象嵌を施したのか。宇宙から降ってきた隕鉄を利用したのではないかという話がありますが、隕鉄では炭素が燃えて軟らかい鉄しかできないので象嵌をするための鏨は作れないと思います。それに代わるものとして、やじりなどに使った黒曜石では掘れるかと、実際にやってみたのですが、黒曜石は全部が硬くて刃にならないのです。また、同じ銅でやってみると、今度は軟らかすぎて1回か2回は掘れるのですが、あとは掘れない。そうすると、当時すでに鉄を知っていたのではないかと思います。それも脱炭、侵炭のこともよく知り、道具として鉄を利用していたと思います。


炭と鋳物

  鋳鉄では合金が大量にできる。合金を使えば低目の融点で物をつくることができます。例えば銅は1083度で溶けるのですが、錫は232度で溶けますから、それらを混ぜることによって1000度以下の温度で多量に物を作っていくことができるのです。それが鋳物なのです。

  今はコークス、ガス、石油があったりして1000度以上に物質の温度を上げるのは簡単にできることですが、昔は薪や炭とかでやっていたので1000度以上に上げるのは大変なことでした。昔のトルコの高原などは木が多く、それを伐採して炭にして利用していたのではないかと言われています。

  中国の黄河文明もそうです。黄河流域も木がたくさんあったのではないかと言われています。特に中国は紀元前10世紀頃には大量の鉄と銅製品を作っているので、それに間に合わせるために炭を作っていたのではないかと言われています。


象嵌における色と合金の関係

  象嵌の中にも合金が使われています。象嵌の材料の中に四分一(しぶいち)という合金の金属があります。それは銀を25%、銅を75%を入れて、緑青の中で色をつけることによってグレイっぽくしたものです。逆に銀を60%入れると明るいグレイ色になり、これはお茶の世界では喜ばれる色で朧銀(おぼろぎん)とも言います。

  また、銅97%に金を3%入れることによって、赤銅(しゃくどう)という真っ黒な色になります。要するに、黒い錆色を光らせていくということです。昔の人はよく3%という割合を見つけたものだと思います。7%から9%金を入れると紫金(むらさきがね)といって、今度は金属がピンク色になっていくのです。紫といってもの本当の濃い紫ではなくて、ナスのへたが薄いピンクの紫になっているような色をつくるのです。こういうふうにして合金を作っていくことによって、色も楽しめ、違ったものを作ることができるのです。


鍛金の特徴

  それから金属は性質によって何万分の一までも伸ばすことができます。このいい例が金箔で、手で持てないほどで、向こうが映るくらいの1万分の1ミリまで伸びます。金属は伸ばすこともできますし、逆に畳み込んで一つの塊にもできるのです。このように縮めたり伸ばしたりすることを鍛金といいます。

  どういうところに鍛金の特徴があるかというと、たとえば金属の塊で鎧や甲を作ると重くてしかたがないので模様を出したりしてその裏は軽くしてあります。模様の分だけ厚くすると重くなるので、軽くして鎧や甲を作るのです。刀もそうですね。たたいて一枚の刃にする時、初めは羊羹くらいの大きさの鉄を鍛金を繰り返して伸ばし、刀にしていきます。


昔は大変だったロウづけ

  次に彫金についてお話します。彫金というのは金属を削ったり、くっつけたりすることです。金属と金属をつける接着剤はないので、接着剤になるものを金属で作ってつけます。逆に穴を開けたり、鏨で削ったりすることができます。足すこともできます。それを利用したのが彫金で、その中に象嵌があります。鏨で削り取って、そこへ別のものを嵌め込んでいく技法もできます。また、ロウづけといって、接着剤になるものを金属で作り足していくこともできます。

  では金属のつけ方を説明します。金属と金属をつける時、その間にロウづけといって接着剤となる金属を使います。これだけは昔より今の方が進んでいると思います。昔はこれを炭でしなくてはいけなかったから大変でした。ロウづけは、例えば銅板だと1083度で溶けますから、それ以下の温度でつくものを流します。それには真鍮(銅と亜鉛)に銀を混ぜたもので、融点が600〜780度の合金を作って組み立ててゆきます。一枚だったらいいのですが、何枚もつけなければならないときは大変でした。

  そんな時は、最初に780度でつけるロウを、銀を多めにして真鍮を少なくして作るという具合に、金属の割合を工夫して様々な合金をつくり、融点の違いを利用して接着していました。

  今はガスバーナーで高温に上げれるが、昔はそういうことができなかったので、大きな火鉢に炭で火をおこして、炭の上に作品をのせて弟子たちが火ふき竹で吹くのです。親方が見ていて「もういい」と言うまでふうふう吹いてつけるのです。だから一日がかりの仕事でした。1回終わったらまた次に火ふき竹で吹くものですから、そこらじゅう灰が飛び、体中灰だらけになってやっていました。今はきれいにやれます。

  そういうふうにして、ロウづけして組み立てていきます。それが彫金の中の組立方法の一つです。


象嵌に使われる材料

  それでは、象嵌に使われる材料にはどんなものがあるかというと、金も使いますし、銀も使います。四分一は25%の銀と75%の銅を入れる。それより明るいものにするときは、銀を30%銀を70%にします。銀を20とか23%という具合に、その間でいくつもの種類を作ります。ちょっと銀を入れるだけでも色が変わります。また、昔からのものでは、それに金を0.3%入れていい色にした、そういう四分一があります。

  それから青金というのもあります。金箔でも銀の多い金箔は、透かすと青くインク色に見え、純金に近いものはグリーン色に見えます。そういうところから青金というのではないかと思いますが、これは銀が20%、金が80%のものを言います。先ほども言いましたように、真っ黒になるものを赤銅といいます。紫金、それから銅、こういうものを嵌め込んでいきます。

  絵の具なら色がたくさんありますが、金属には色が少ないので合金を作って、金属の持つ光の発色によって色を出していくのです。中国では金物屋さんのことを五金店と言います。金、銀、銅、錫、鉄、この5つの金属を扱っていたので五金店と言う。そのように材料を使ってやっています。


布目象眼短剣(トルコ・東部製)

銀鑞流し象嵌皿(トルコ製)

サバット(黒金)象嵌懐中時計
(フランス製)

サバット(黒金)小箱


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