中川衛「世界の象嵌と加賀象嵌」

第1回 第2回 第3回 第4回 第5回(最終回)


平成9年に中川 衛氏が象嵌について講演された際の内容をまとめ、シリーズでお届けします。

第1回
象嵌とは
「形をはめる」こと、そして「道具作り」にはじまる
中川 衛氏 金沢美術工芸大学教授
重要無形文化財保持者

「形を嵌める」ということ


「象嵌孔雀伏香炉」(33×8.5×19cm)
中川 衛
 象嵌の「嵌」は「はめる」という字です。学生によく話すと、象というとエレファントだから、「どこに動物の象がいるのか」「象を彫っているから象嵌なのか」とよく言われるのですが、象という意味は象形という言葉があるように形をあらわします。つまり「形を嵌める」。「象眼」と書くこともありますが、加賀象嵌の「がん」は、「嵌める」を使います。「眼」を使うのはまた違う象嵌のやり方で、眼を切って、そこに金箔みたいなものを乗せて押さえ付けるという方法で布目象眼というものです。表面に眼が切ってあり、傷を付けて、そこへ100分の4ミリぐらいの金箔を貼っていくのです。加賀象嵌は表面を深く彫ってその中に嵌め込んでいる。象眼が100分の4ミリに対して、象嵌だと、深さが0.5ミリと比較にならないくらい深く入れているのです。金も深く入っています。布目象眼とは100分の4で目を切って、そこへ金箔などを押さえて、昔は鹿の角とかで押さえたのです。

 本象嵌の中には高肉象嵌や平象嵌があります。器物の表面と同じ高さに象嵌が入っているのが平象嵌です。中が深く彫られていて、そこに金とか銀を埋めていくのです。

 それよりも高くなっているのは刀の鍔とかがそうです。刀の鍔などに竜とかが盛り上がったのがありますね。ああいうふうに肉を盛り上げててるいるのが高肉象嵌です。

 それから、ベースより低く埋めてあるのが、肉合と書いて「ししあい」と読むものです。肉合象嵌は、平たく埋めておいて、あとから中を彫り崩して高さを低くしていきます。

 それから金や銀の線を使う線象嵌とか、もう一つ平象嵌の中に分類されるもので鎧(よろい)象嵌があります。これは加賀藩が得意としたものです。

 もともと、鏨(たがね)という道具がありまして、これを小さな金槌で少しずつ彫っていくのです。平象嵌、加賀象嵌の特徴は、彫ったあとをアリ溝にするところにあります。そこへ違う金属を中へ嵌め込んでいく。馬の鐙や刀の鍔(つば)など戦闘で激しく戦ってもアリ溝(表面より底部が広がった形)になっていて取れないのが特徴です。布目象眼は100分の4ミリで表面にのっているだけですから、何百年の間に磨いていくと取れてしまうのです。加賀藩の象嵌は取れなくなっているのが特徴です。

 その中の鎧(よろい)象嵌というのは、一回板を嵌めて、その中を何回でも彫るのです。そして、別の金属をまたはめ込んでいくのです。その上をさらに彫って、また別の金属をはめ込んでいくのです。そういうふうにして、4回でも5回でも彫っては埋め彫っては埋めというふうにしていくのです。武士が鎧を着けるときに、胴を着けたり、襟を着けたり、小手を着けたり、具足を履いたりします。鎧を着ける時はそういうふうにいくつも身に着けます。同じように金属を重ねていくので鎧象嵌というのですが、これはすごく難しいのです。

 なぜ、難しいかというと、例えば3回彫るとき、最初は大体0.8ミリ彫って1ミリの板を嵌めます。上を研いで、今度は0.6ミリ彫って、0.8ミリの板を入れる。次に、0.4ミリ彫って0.6ミリの板を嵌めていくのですが、0.2ミリずつ彫り残しをしていくのです。金属は100の1ミリでも1000分の1ミリでも不透明で底が見えないので、0.2ミリを残すということは経験と技術が要るのです。彫り破ってしまうと、嵌めた金属が取れてしまい、その前のものまで全部取れてしまったりして、すごく難しいのです。


道具作りにはじまる

 次に道具ですが、焼物を始めるには、土も売っているし道具も売っているのですが、象嵌を始めるときは、道具を売っていない。材料も売っていない。それを全部自分の家でつくらなければならない。
代々続いた家ではやり方があって、秘伝でやっているのです。鏨一本をつくるのにも大変な技術がいり、これからつくらなければいけないので、嫌がられてしまうのです。これが象嵌をする人が少なくなったことの一因です。

 タガネの鉄は、鉄骨の鉄と違って、炭素の入った鋼です。人間が炭素と鉄を混ぜることを覚えてから、道具で物をつくるということができたのです。鋼の刃先の一部分だけが焼きが入っているのです。

 鏨をつくるときに大体先の3ミリほどだけが焼きが入っていて、先以外は焼き戻しで柔らかいのです。これが全部硬いと折れてしまうし、全部が柔らかいと曲がってしまうのです。タガネ全体を少し反らしているのは、まっすぐだと前に進みにくいからです。

 今ここに鏨が一本ありますが、象嵌を始めるとなると本当は数百本の異なる鏨が必要です。線の太さ、直線・曲線のアリ立て、それから、例えば桜の花びらを彫るときもまた専用の鏨が要る。はじめは鏨を作って象嵌をしていかなければならなく、また材料の方も全部自分でつくらなければならないので、作品制作までに大変時間がかかりました。次回はこのタガネの制作についてや、金工全体について話していきます。


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